続きを待ってる懐かしさ
向井さんつながりで見始めたスピカですが、いいドラマですね
『アタ男』で落ちをつけるから、今週も書かせてね
過酷すぎるな『ふたつのスピカ』
えぐえぐ言いながら見ちゃって(笑)
ああ、家族と一緒に見なくて良かった。
府中野くんが学校辞めるって言って、
桐生さんが留学しちゃって
佐野先生が学校を辞めてしまうって
いっぺんにやっちゃダメだろう!!
アスミに畳み掛けるように、大事な人が離れていく
そのくらい、強くならなければいけないってことなんだろうけどさ。
全7話は短いかもね
ふっちーがアスミの背中を押してくれたり、
桐生さんがアスミのお父さんに水ロケットを託したり
拝島先生がふっちーの話を聞いてくれたり
佐野先生が、スピカの話をしてくれたり
人と人との情が濃く描かれているいいドラマだと思います
この後、どこまで描くかわからないけど、秋のあの運命までドラマ版に含まれてしまうのかな
泣くな。確実に
ふっちーがいなくならなくてよかった
佐野先生がいなくなるのは淋しいな
取り合えず、来週も絶対見るもんね
『アタシんちの男子』も毎週夢中になって見たけど、『ふたつのスピカ』と見おわったときの感じが違っていて面白いですよね
『スピカ』は、アスミとともに笑い泣き、どかーんと大きな感情の起伏があるんだけど、放送が終わるとさわやかな気持ちになっていて、視聴後あとを引かないの。リピなしで一週間乗り切れるんですね。
一方、『アタ男』は、千里とともに泣き笑い、感情的にも翻弄されるんだけど、放送が終わると「次は!?」ってなって、あれはどうなるの、これはどう決着するのって、リピート必至。犬の散歩したり、お風呂入っていたりしても、ふと考えてしまいます
『アタシんちの男子』を待っている自分のこの感じ、最近、なかったなって思います。
不思議ななつかしさとでも言いましょうか
言い替えれば、「待ちこがれることの懐かしさ」ってことなんではないのでしょうか
この懐かしさは、普通、みなさんは、遠い昔のドラマで体験しているんだと思うんです。テレビ雑誌もインターネットもない頃に、ラテ欄さえ待ち焦がれていた頃の話。
わたしはドラマ経験が薄いので、マンガ体験で語るしかないんですがね。ごめんなさい、またマンガです(笑)。
ちょっと脱線して、わたし語りに入りますと、わたしは小さい頃からドラマ(現代劇)を見ない家庭に育ちました。父親が強烈な時代劇フリーク。今でも再放送がある限り絶対見てます。わたしが子供の頃は一週間のうち、毎日8時台にチャンバラがありまして、どんなに泣こうがわめこうが、完全封鎖。チャンバラ漬けの日々。他の子供と話題が合わないで淋しい思いをしたもんです。
その反面、本には緩くて、背表紙がある本の体裁をしていればマンガだろうがSF文庫だろうが要求すれば買ってもらえました。気がつけばマンガで漢字を憶え、文法を憶え、物語を憶えていきました*1。
すっかりマンガのとりこになって、近所の本屋に入り浸り、連載雑誌や単行本を立ち読みしまくり、次はどうなるのと来週の雑誌の発売日まで焦がれる思いで日々を過ごすようになりました。
展開が気になる大ゴマ。次週へつづくの文字。「次はどうなるの!?」。もう軽いパニックですよ(笑)*2。わたしは自分の記憶を頼りに、次週への希望的展開を想像しまくりましたね。夜なんか眠りに落ちるまで考えてました。―――あのドキドキ感。これこそ「待ち焦がれる」を象徴しています。
このドキドキは『アタシんちの男子』に感じたものと一緒だと思います。
一話ごとの感想を一言で表わせば「次はどうなるの!?」の繰り返しでした。で、頭の中でガルネク鳴りっぱなしですよ
『スピカ』と『アタ男』の大きな違いは、原作付かオリジナルかってところですよね。
桐生の扱いなどドラマ独自の展開があるとはいえ、『スピカ』の大筋は知ろうと思えば知ることができます。やるかやらないかはあなた次第。当然わたしはWiki当たりました。
一方、『アタ男』』は完全オリジナル脚本。どう頑張っても情報はドラマを見ないと得られません。この情報への渇望(笑)。ミステリアスな相手との恋ほど燃えるってもんです(←バカ)。例えて言うなら、通信手段が家電しかなかった頃の恋愛とでも言いましょうか、「会えない=情報が少ない=不自由」だからこそ燃え上がるものってあるんですよね。
情報のほかにもう一点、『スピカ』と『アタ男』の大きな違いは、後味。
一話ごとにまとめながら、中心の物語を進行していくのは同じなんですけど、物語の運び方がちがうんですね
ふたつのスピカ | アタシんちの男子 |
---|---|
爆発した感情をさわやかにそして少し淋しくクールダウンして終幕 | 山場の感情をいったん収束させ、安心したところへカウンターパンチで驚かせ終幕 |
感情の放物線が収束に向かう状態で物語を閉じる | 感情の放物線の上がり端で物語が断ち切る |
ピアノでフェイドアウト | フォルテでカットアウト |
引き画で終わるマンガ | 大ゴマ(アップ)で終わるマンガ |
一話完結連載 エッセイマンガ 大人向けのマンガ(≠大人マンガ) |
青少年向け連載マンガ |
しんみりした後味 | どきどきした後味 |
懐かしいのは、構造。物語の内容だけではなかったんだね。
わたしが最近、連載マンガを追いかける事からはなれていたってこともあったんですね。
久しぶりに出会った感覚にすっかりはまってしまいました(笑)
そして、『アタシんちの男子』の最高なところは、すべての物語の結末にもこの手法をとったとこですね
兄弟が旅立ち、淋しいけれど仕方がないなと思っていたところへ、兄弟が次々に帰還。いつもと変わらぬバカ騒ぎを始めてくれたうえに、翔は「大事な話がある」と千里に言います。
わたし達はすごく上向きな、幸せな気持ちで物語を終えることができました。
でもでも、続きが気になるドキドキは、残されたままなんですけどね。
これは私だけの感覚でないことは、「家族戦隊オークラ」のコメント欄も示してますし(笑)
ここまできれいに作り手の意図どおりに作劇にハマったんだから、責任とって続編作ってほしいですよね
*1:マンガはせりふが中心、だから戯曲、シナリオが好きです(笑)
*2:参考までに、この感じをマンガで表現しているのが、『ドラえもん』の一編(てんとう虫コミックス第3巻収録「あやうし! ライオン仮面」)。のび太とドラえもんが夢中で読んでいる連載マンガ、フニャコフニャ夫・作「ライオン仮面」。主人公であるライオン仮面は悪の秘密結社・くらやみ団に捕らえられた少女を救出するが、くらやみ団のアジトから少女を連れて脱出する途中で取り囲まれ、返り討ちに遭ってしまう。断末魔の悲鳴を上げて、つづく・・・の展開に、のび太はいてもたってもいられなくて、作者に続きをたずねに行くし、ドラえもんはタイムマシンで来月号を立ち読みに行ってしまう(マンガはこの後、続きが考えられない作者が、ドラえもんに未来の自分の掲載誌を買ってきてもらい、どんどんパクって書き写していくというエンドレス、タイムパラドックスの傑作です!)