アタシんちの男子のその後を考えよう
更に脱線の脱線
話は進みませんが、ちょっと書いてみたら長くなってしまったんで、上げることにしました。
日常で、こんな濃い話しするわけないじゃんってツッコミを自ら入れつつ(笑)
加筆&取り下げの可能性あります
よろしければどうぞ
ダイニングテーブルに並んで座っている翔と千里
翔は自分の席、千里はいつも優が座る隣の席
今日は少し早く仕事から帰ってきた翔とおしゃべり
夜の会話は数珠繋。
また、俺の知らないところで話が進んでる
えへへ
えへへじゃないよー。なんだよ、優の妹だとか、太郎ちゃんだとか
卓上には湯呑と急須。
千里がお茶を注ぐ
千里の前には冷たい麦茶のグラス
暑い時なのに、翔は、時々こういうものを飲みたがるね
暑い時には、熱いものがいいんだよ
オヤジっぽい
うるさいよ
なかなか冷めない緑茶を気をつけながら啜る
夜中のね、疲れたときには、熱くて渋ーいお茶を飲むとリセットされるんだよ
へぇ、眠れなくならないの?
不思議とならない。慣れちゃったのかもな
朝茶を飲むとその日の災害を免れるって言うのは、ホームレス仲間から聞いたことある
それは合ってるよ。朝茶はその日の難逃れ。でも迷信じゃないんだ。お茶のカフェインで筋肉組織を目覚めさせると、ちゃんと体が動いて怪我を防ぐんだよ
なんか、翔って、雑学博士?
なんだよ、それ
ときどき妙なことに詳しかったりするじゃん
ああ、それはね
思い当たるところのある翔、うんうんと小さくうなずく。
最初は力のために始めたんだ
力?
俺、子供が出来たから、高校出て、すぐ家を出たろ
うん
でさ、ろくに仕事にも就けないし、若い父親だったから、あれこれ自信なんてぜんぜんてなかったんだよ。当たり前だけどさ。自分も親父、知らないし、どうやったらいいのかなって。
テーブルに肘をついて話す翔。椅子の背にもたれかかっている千里からは、翔の表情は見えない。でも口調は極めて穏やか。
それで、思ったんだよ。頼りない父親だけど、力がたずねることに、ちゃんと答えてやれるような父ちゃんになろうって。それこそ、目に入るもの、片っ端から憶える様にしたんだよ。
言いながら、背もたれに体を預ける翔。今度は明るい表情が千里にも見える。ちょっと安心した千里。
片っ端から?
そう、新聞雑誌からお菓子のパッケージまで。
そんなものまで、千里が目を丸くする。その表情を翔、楽しそうに見ながら、「すっごい無駄なことしてんじゃねぇかって、思ったこともあったけどね」と付け足す
でも、ただ読んだり聞いたりしても憶えられないから、人に喋ってみるんだよね。記憶テストとして。それこそ、訪問販売先の雑談とか、ホストクラブの客とかに。でもつまんないと誰も聞いてくれないわけじゃん?
うん。
そこで話し方が鍛えられたんだよ。話が弾むと、今度は相手も話してくれるだろ?で、聞いた話をまた覚えて、またどっかで喋って、のくりかえし。
翔の話が上手なのには、そんな理由もあったんだ。
結果、仕事の役にも立ったしな
じゃあ、あたしも、力のおかげで、いろいろ翔に教えてもらえてるんだね。
千里、発見!と指を立てる。その様子を見て、翔、笑う。
無駄なことなんか、何もないんだよなー。もちろん、今も、継続中だよ。
うん。すごいね。
力が二十歳になる頃には、俺は歩く百科事典かWikipediaになってる予定だから
にっと笑う翔がおかしくて、千里、思わず笑い出す。
無駄なことなんか何もないって言えばねー。
うん
うちの親父。峯田のほうね。
千里、確認してから話し出す
あたし、高校を卒業するまで、親戚をたらいまわしにされてたのね。そんなにひどい扱いされたわけじゃなかったけど、居場所のなさはどうしようもなかった。
ひどい話なのに、千里は笑い話のように話す
そんなあたしの前に、借金取りから逃げるために失踪してるはずの親父が、なんでか時々現れたのよ。
千里、そのときの怒りを再現するかのごとく、ダイニングテーブルを、ドン、とたたく。翔、ちょっと驚く。
そうすると、決まってあのクソ親父、いい加減で腹が立つことばっかりいうの。だからあたしは、怒鳴って、殴って、もうめちゃくちゃに当たるのよ
拳を握って殴るゼスチャーをする千里。その手が、ふと止まり、
でもね、最低の親父に、「サイテー!!」って文句言って、悪口とか、不満とか、もう言いたい放題ぶちまけると、不思議とすっきりしちゃって。面倒見てくれている親戚がすっごくいい人に思えてきちゃうの。
千里、座っている椅子に足を乗せ、両膝を抱いて顎を乗せる
あのガス抜きがなかったら、あたし、もっとやばいことになってたんじゃないかなって、最近、思うんだよね。
さっきまでの勢いとは真逆。ぽそりとつぶやく千里
翔、千里の頭をぽんぽんと撫でる
千里、恥ずかしそうに笑う。気を取り直して、元気に宣言
あのバカ親父のおかげで、あたしは、タフになれたんだよ。
バカ親父の存在も、無駄じゃなかった。・・・って、まあ、これはあたしの、甘い解釈なんだけどね。
と照れ隠しの言葉を最後に小さく付け足す千里
まぁ、そのおかげで、俺は散々振り回されているけどなー。
翔がにやにや笑いで千里を見る
千里も笑顔で応戦
それも無駄じゃないんじゃないの?
自分で言うなよ
話が一段落して、二人してお茶に手を伸ばす
千里、行儀が悪いけど、ひざを抱えたままの姿勢
翔、少し冷めたお茶を一口飲んで、湯呑の中の濃い緑を見る
ほんとはね、多分志村さんの癖が、うつったんだと思う
え?
お茶
翔、湯呑を掌で転がす
あの人、あんなことになっちゃったけど、もとはすごくいい人でさ。いっつも施設の資金繰りで悩んでたんだー。俺は15歳まで施設にいたから、結構、長いほうでさ。よくそんなあの人を見てた。
千里の脳裏に、あの日の朝の二人がフラッシュバックする
夜中、眠れなくて起きてみるとさ、あの人、よく一人でお茶を飲んでた。すっごーく渋くて苦いお茶。まねして飲もうとしたら、眠れなくなるからやめろって言われた。そんとき俺を見た優しい顔が、なんか忘れられなくてさ。
自分の手の中の湯呑を揺する翔。中の緑の水面も揺れる
大人になって、子育てに加えて、慰謝料だなんだで昼も夜も働きっぱなしで。いつ終わるかわからない仕事ばっかりの毎日にさ、なんだか疲れて眠れない夜があったんだよね。そんとき、たまたま飲んだんだよ。お茶。そしたら、すごくすっきりして、気分転換が出来たんだ
一口、お茶を飲む
でさ、ちょっとだけ分かったような気がしたんだ。志村さんのこと
志村のことを語る、翔の表情が穏やかなのを見て、千里、安心する
まあ、俺もたいがい甘いよな。
翔、テーブルに肘を付いて湯呑を両手持ち、恥ずかしいような懐かしいような笑顔を隠す
そんな翔の背中を見つめる千里
ねぇ、味見てもいい?
千里が手を伸ばす
いつも翔のお茶、入れてるけど、飲んだことなかったから
えー。眠れなくなったとか、言わない?
平気だと思う
千里の平気は信用できないけどなー
湯呑を受け取り、一口飲む千里の眉間に皺が寄る
しっぶい。
千里の案の定の表情に大笑いする翔
こんなの飲んでるの?と湯呑を返す
うん。
ぁ、でも、苦いのが収まると、ちょっと口の中が甘い後味になるんだね。これがいいのかな?
うーん、と、まじめな顔で考えている千里。
さあな。でも、千里には、必要ないんじゃねーの?
?
あれこれ言っても、二日酔いに効くから飲んでるだけだしな
ニヤニヤ笑いを浮かべる翔
えー!まじめに聞いてたのにー
千里翔を叩こうと拳を上げる
翔、腕で頭をガードする
ばたん
サウナからリビングに風が出てくる
どう見てもじゃれあってる千里と翔を見て、あからさまにむっとした顔の風
二人はわけがわからない
風、つかつかと歩み寄り、二人の間においてあった湯呑を手に取り、茶を飲み干して去る
後からサウナを出てきた優
大きくため息をつく
ちょっとタイミング悪かったね。今、風、かなり兄モード入ってるから
?
千里と翔、いまいち理解できないといった表情
妹を持つ、兄の責任と幸せと不幸について、ディープに語り合ってたんだよ。
聞いたところで、ますます意味わからない二人。
そんな二人を見て、優、もう一度、大きなため息
今度のため息は、風への同情よりも、出遅れちゃってる優自身の恋のため息
優、肩を落としてリビングを出て行く
優が去ったリビングのドアを見ていた千里と翔、顔を見合わせ、首をひねる
翔、湯呑をのぞき込み、空っぽになった底を千里に見せる。
全部飲まれちまった
もう一杯、入れようか?
やめとく。今度は眠れなくなりそうだから
少し早く帰ってきても、結局、喋って夜が更ける